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クライマックス
「あ、この映画観たい」
「俺観る」
「えー、マジすか? いいなー、」
西日の入る放課後の部室。放られた雑誌の映画情報のページ。
後輩が指さした先、ひとりで行こうかと思ってチケットを買っておいた映画。
「…行く?」
「え、いいんすか?」
見上げた途端、ほっぺたをオレンジに照らされた、嬉しそうな顔。
見えた八重歯がかわいくて思わず笑ってしまいそうになる。
彼は友だちのひとつ年下の弟だ。
そして自分はずっと前から彼のことを思っていた。
もちろん誰にもいえなかった。
自分のなにより一番奥底にしまい込んだほんとうの秘密だった。
一生かたちにすることはないと信じていた。
その日までは。
「お前なんか食う?」
「食いません、さっきどんだけ食ったんすか」
窓口でチケットを買ってゲートをくぐりぬける。
売り子がにこやかに並ぶ売店を素通りして座席をめざした。
「あ、パンフレット欲しい」
「観てから買えよ」
「なくなってたらやでしょ、」
「なくならねえし」
駅前から少し外れた小さめのシアター。
単館上映のマイナーなやつばっかやってるようなとこ。
客だってほら、10人いるかいないかぐらいじゃん。
…要はなんでそうやって背を向けて行こうとするのかと。
そういうことだ、ただの……言えないけど。
「ネタバレとか気にならねえの」
「ばらされないようにうまく読みますって」
まだあかるいシアターを背に、
友人の弟は白い八重歯をさらして笑ってみせるのだ。
映画は、まあ、…わけがわからなかった。
オムニバス形式でいくつものストーリーが繋がってるんだか何なんだか、
最後の話の駅のシーンくらいだ、印象にのこってるの。
「わけわかんなかったっすね、」
「だなー、」
駅のホームで並んで電車を待ちながら話した。
つまらなかったかなと余計な心配をする。
別に俺が作ったわけでも誘ったわけでもないのに。
すると後輩はカバンの中からパンフレットを取り出した。
パラパラとめくって、ため息を吐く。
「最後のとこは、ちょっとよかったかな」
ふわり、笑った。
(…………………、)
一瞬だったのに目の奥に焼きついてしまって、どうにも離れない。
向かいのホームに電車が滑り込んできた。
その音がさっき見た場面の、終わりのようで。
(……ああ、もう)
「あの終わり方はないと思うけど」
好きだ好きだ言っときながら撃ち殺すんだもん、笑って。
そう言って笑う横顔。八重歯がのぞいた。
「……、」
電車が行こうとする。
なにもかもを浚って、音を、心臓への流れをひきずって。
どうして今更言おうとする、
苦しかった、ほんとうは苦しくて苦しくて、
叶うわけがない、
言ってしまいたかった、もう終わらせたい、
嫌われるくらいなら死んだほうがましだ、
終わらせたい、
(さっきの映画のラストシーンはどうなったんだっけ?)
背中に向けられた硬い感触。
渇いた部屋で、異常さだけを突きつける一瞬。
銃の安全装置がはずされるがちんという音が頭の中で鳴り響いた。
(もう言ってしまおうか、全部、全部、ぜんぶ……)
早まるな、という声も届かない。
引鉄に指をかける身軽さで自分の心が急速に温度を持つ。
ほんとうは映画のことなんてほとんど覚えていないのだ。
隣に座った友達の弟のことが気になって。
すべてが終わるか秘密がはじまる。
ああいいな、なかなか映画的じゃないか?
「…先輩?」
のぞきこんでくる不思議そうな目は引鉄をひいた主人公の澄んだそれと似ていた。